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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)3353号 判決 1961年6月16日

事実

原告神商株式会社は請求原因として、原告は、被告北添楠猪が樫の浦大敷組合代表北添楠猪名義で振り出し、被告高知県定置漁業協同組合の代表者である専務理事北添楠猪の裏書にかかる額面金額五十万円の約束手形計四通及び額面金三十万円の約束手形一通の所持人であるが、原告は右手形を三和銀行に取立委任裏書をなし、右銀行は、右手形を満期日に支払場所に呈示したところその支払を拒絶されたので、支払拒絶証書を作成の上、これを原告に返した。よつて原告は、被告協同組合および被告北添に対し、各自前記約束手形金合計二百三十万円およびこれらに対する利息の支払を求めると述べ、被告の主張並びに抗弁に対し、被告協同組合の法人登記簿にはその代表に関する事項について何らの記載がないから、理事は誰でも組合を代表して有効に法律行為をなし得るものであつて、定款その他による代表権の制限はこれを以て善意の第三者に対抗できないものである。従つて、仮りに被告協同組合主張のような定款その他による代表権の制限があつても、北添楠猪が被告協同組合専務理事としてなした本件各行為は、民法第五十四条の適用を受ける結果、被告協同組合の行為として有効である。

また、仮りに被告協同組合専務理事北添楠猪の本件手形の裏書行為が無権代理行為であるとしても、原告は本件手形を譲り受けるにあたり、被告協同組合の登記簿謄本により北添楠猪が被告協同組合の理事であることを確認し、且つ高知地方法務局発行の印鑑証明書により、本件手形の裏書人ないし振出人である被告協同組合理事北添楠猪の印影の真正であることを確認したものであつて、手形取引に際して用うべき万全の注意義務を果したものであるから、北添楠猪の行為が被告協同組合の代表権限ありと信ずるについて正当な事由があつたもので、表見代理の法理からも、被告協同組合は北添楠猪が被告協同組合専務理事としてなした本件手形行為について責を負うべきものである、と主張した。

被告高知県定置漁業協同組合は答弁として、被告協同組合が本件約束手形に裏書したこと、北添楠猪が被告協同組合の専務理事であつたこと、および北添楠猪が被告協同組合を代表する権限を有していたことを否認し、更に抗弁として、民法第五十二条第二項の規定は法令による原始的な代表権の制限であつて、同法第五十四条の「理事の代表権に加えたる制限」に該当しないから、代表者が理事の過半数の賛成なくしてなした行為については、場合により民法第百十条が類推適用されるに過ぎないと解すべきところ、被告協同組合には十数人の理事があり、定款に別段の定めがないから、民法第五十二条第二項により、法人の事務は理事の過半数をもつて決すべきである。しかるに本件手形の署名行為は北添楠猪が理事会の議決を経ず、勝手にしたものであるから、北添楠猪は本件手形行為について被告協同組合の代表権限を有しないものである。よつて被告協同組合としては、原告に対して本件手形の支払義務はない、と主張した。

理由

被告北添楠猪が本件各約束手形用紙の振出人署名欄に「樫の浦太敷組合代表北添楠猪」と署名し、その名下に被告北添の私印を押印し、且つ第一裏書欄に裏書人として「高知県定置漁業協同組合専務理事北添楠猪」と署名し、その名下に被告北添の私印を押印したことは、被告協同組合の自認するところである。

ところで、被告協同組合は被告北添には被告協同組合を代表する権限がないと主張するので考えるのに、被告北添が本件手形裏書当時被告協同組合の理事であつたことは当事者間に争いがなく、証拠によれば、(1)被告北添は昭和二十四年九月被告協同組合が設立された当初から専務理事であつたが、昭和二十八年四月一日以降専務理事ではなくなり、単なる理事となつたもので、本件手形裏書当時も同様であつたこと。(2)被告協同組合の定款によれば、被告協同組合の理事は定員十二名で、組合長、副組合長、専務理事、常務理事と単なる理事とから成り、組合を代表する者は組合長で、組合長が事故のあるときは副組合長が組合長の職務を代理し、組合長欠員のときは副組合長が組合長の職務を行うが、専務理事、常務理事を含め、その他の理事はいかなる場合も組合を代表する権限を与えられていないこと。(3)被告北添の本件手形裏書は被告協同組合の理事会の決議その他理事の過半数の意思に基づくものではなく、被告北添が被告協同組合専務理事の肩書を冒用してなしたものであること、を認めることができる。ところで、水産業協同組合法第四十五条によつて準用される民法第五十二条第二項の規定は、理事が法人の事務を執行する場合の内部関係を定めたものに過ぎず、法人の代表権に関する規定ではないと解する。従つて、法人の理事が、民法第五十二条第二項の規定に従わず、或いは、私利を図る等不正の意思をもつて代表権限を濫用し法人の代表名義で或行為をした場合でも、該行為が法人の目的の範囲を逸脱するものでない限り、右代表行為の効力は法人について生ずるものであつて、唯相手方が理事のかかる代表権限濫用の事実を知り又は知り得べかりし場合には右代表行為は法人について効力を生じない、と解するのが相当である。また、水産業協同組合法第四十五条によつて準用される民法第五十四条によれば、水産業協同組合の理事は各自組合を代表する権限を有し、理事の代表権に加えた制限は善意の第三者に対抗できないものであるところ、被告協同組合の定款が代表権を原則として組合長に限り、補充的に副組合長に代表権を認めているが、その他の理事には専務理事、常務理事といえども代表権を与えていないことは右法条にいう代表権に加えた制限であつて、善意の第三者に対抗できないものといわなければならない。もつとも、被告北添が被告協同組合「専務」理事の肩書を付して裏書したことは、前記のとおり虚偽の肩書を付したことにはなるが、被告北添が当時被告協同組合理事であつたことは前記のとおりであり、単なる理事も専務理事も被告協同組合の定款上代表権を有しない点では同様であるから、問題は、法律上は各自代表となつているが、定款で代表権を制限されている理事が被告協同組合の代表として裏書をした場合の効力の問題に帰着し、「専務」の肩書の有無は右問題の結論に影響を及ぼさない。前記認定のとおり、被告北添の本件手形裏書行為は、被告協同組合の定款上代表権のない理事が被告協同組合を代表して、しかも理事の過半数の意思に基づかずにしたという点で、正当な代表権のある者が民法第五十二条第二項に違反して法人名義で或行為をした場合と異なるが、かかる場合でも、理事の代表権の制限を知らず、且つ、理事が、法人の代表名義でなした行為が民法第五十二条第二項等法人の内部的事務執行の規定に違反してなされたことを知らないばかりでなく、その知らなかつたことに過失のなかつた第三者に対しては、法人は理事が法人の代表名義でなした行為の効果が自己に帰属することを否定できないものと解するのが相当である。

そこで原告は被告北添が定款上代表権なく右裏書をしたことを知つていたかどうか、又理事の過半数の意思に基づかずに裏書をしたことを知り得べきであつたかどうか、について判断するのに、証拠によれば、

(イ)本件手形における被告協同組合専務理事北添楠猪の裏書は白地裏書であつて、「高知県定置漁業協同組合専務理事北添楠猪」の部分はゴム印を使用して記名し、その名下の印影は「北添」とのみ刻した丸印によるもので、被告協同組合理事もしくは専務理事の職印ではなく、被告協同組合の組合印の押印もないこと

(ロ)被告協同組合の定款は関係行政庁の指導による模範定款に従つたもので、水産業協同組合は、何れもその定款において、原則として組合長に代表権を与え、補充的に副組合長もしくは専務理事に代表権を与え、単なる理事には代表権を与えていないこと

(ハ)被告協同組合における重要な法律行為は組合長名をもつてなし、組合長の職印を押印することになつていること

(ニ)原告から被告協同組合に対し、本件手形について本訴提起前に何らの照会もなかつたこと

が認められ、これらの事実は一応被告協同組合にとつて有利な事実ということができるが、一方他の証拠によれば、

(ホ)前記「高知県定置漁業協同組合専務理事北添楠猪」なる記名は、被告北添が被告協同組合の専務理事であつた当時、被告協同組合において使用していたゴム印を使用してなしたものであり、「北添」と刻した丸印の印影は被告協同組合が高知地方法務局に法人登記をする際同法務局に提出していた被告協同組合理事北添楠猪の印鑑と同一印章によるものであること

(ヘ)原告は訴外塩津より右の如き白地裏書のある本件手形を取得したものであるが、その際前記裏書名下の「北添」なる印影と同一の印影につき高知地方法務局作成にかかる印鑑証明書が添付されており、訴外塩津は原告会社代表者中野壮二に対し、本件手形の裏書は被告協同組合が真正にしたもので間違いのないものであると説明したこと

(ト)被告協同組合は以前系統金融機関から融資を受ける際、約束手形を振り出したことがあること

(チ)被告協同組合の法人登記簿にはすべての理事が単に理事として登記されており、登記簿上からは誰が組合長であるか、誰が代表権を有する理事であるか知ることができないこと

が認められ、これらの事実を対照して考えれば、前記(イ)ないし(ニ)の事実も、必ずしも被告協同組合に有利な事実ということはできない。すなわち、前記(ロ)の事実は協同組合関係者にとつては常識であろうが、その方面について知識のない一般商人にとつて取引上常識であると認めることはできない。

(イ)に認定した職印を用いなかつた事実も(ホ)(ヘ)に認定したように、右印鑑が被告協同組合理事として法務局に登録のある印鑑であることの証明がなされている場合には、原告会社代表者が北添楠猪の右裏書行為が理事の過半数の意思に基づかないことを知り又は知らなかつたことについて過失を推定すべきものということはできないし、いわんや被告協同組合の定款による理事の代表権制限を知つていたことを推定すべき事情ということはできない。又本件手形が樫の浦大敷組合代表北添楠猪が振り出し、被告協同組合専務理事北添楠猪の裏書した約束手形であることは前記のとおりであるが、かかる記載があるからといつて、右約束手形の裏書について疑念を抱くのが、取引上当然なすべき注意義務であるということはできない。又被告協同組合が約束手形を振り出したり、裏書したりすることが絶無でないことは前記(ト)の事実によつても明らかであるから、被告協同組合の性格上、約束手形を振り出したり、裏書したりすることはあり得ない、とする被告協同組合の主張も理由がない。その他本件口頭弁論に現われた全証拠によつても、(ホ)ないし(チ)の事実と対照するときは、原告会社が北添楠猪の代表行為が理事の過半数の意思に基づかないことを知り、又は知らなかつたことに過失があつたこと、或いは北添楠猪の代表権制限を知つていたことを認めるに充分でない。従つて、原告会社は善意の第三者としての保護を受けるものといわなければならない。

よつて原告の被告協同組合に対する本件約束手形金および法定利息請求はすべて認容すべきものである。

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